夏の終わり

1歳3ヶ月になった彼の現在は
歯が4本と1ミリ生えていて、歩けるようになって、時には1人でごはんも食べられて、時にはトイレに行くと言ってトイレでウンチをする。
私は子どもを産むまで、小さな子供と暮らしたことがなかったので、生まれてきた子どもがこんなに何にもできなくて、全部手伝ってあげなければできなくて、そしてこんなにも早くカラダが大きくなって、できることが増えて行くなんて知らなかった。
最初のうち彼は私にとって漠然とした「新生児」という存在で、何かあれば、いちいち妊娠中に読んでいた自然育児の本やネットで調べながらあたふたしていた。

今や彼は立派な1人の人間で、世間の子育てマニュアルは通用しないことがわかる。一人一人違うから彼の今に必要なことを観察していけばいいだけだ。
そして彼は彼としてしっかり独立した人間だから、いずれ私のところから離れて行くんだなーというのがしみじみわかる。
人っていうのはこうやって一つ一つ学んで、育っていくのだと私に教えてくれて、教え切った後にさっぱりと巣立って行くのだなーと。

最近の彼は急激に様々な種類の「感情」というものを体験している。

先日は公園で初めて会った女の子と遊んでいて、お別れの時に不思議な顔をしていた。
お友達と「さようなら」をする時の感覚。

一生懸命アスレチックを登ってすべり台を滑る時、滑り終わった時の、怖いけど楽しいけど、やっぱり怖いあの感覚。

私もみたことのないような顔をして、その感情の感覚を不思議そうに体験している。

こんな風にして人間は「感情」の引き出しを増やして行くのだろう。


「ヨガは心の働きを消滅させるものである」
と言うけれど、心の働きはおもしろいものだ。彼を見ていると感情を味わうことは当たり前のことで、心が動くこと、それを表現することは自然なことなのだなと思う。
ただ、体験から生まれた感情を味わって行くうちに、感情のジェットコースターに乗っかってしまって、本来の自分が感じたり体験したりしていないところから、感情の波を作り出して余計な苦を生み出してしまうことがある。
思い込みだとか、感じ方の癖とかで本来体験していることとは違うことを体験していると勘違いして感情を作り上げてしまう。

ヨガとはそのズレに氣が付いていること。そして、今この時の体験をそのlまんまの形で体験すること。

それはその時にたっぷりと体験され切って、そして一瞬で消滅して行く。

それが私たちが見ているこの世界そのものなのだと知ること。

聖典で勉強して言葉で理解して、頭でわかっていたつもりのことが、彼を通して様々な人間の「初めて」を見て行くと1つ1つがクリアになって行く。

今、彼はたっぷりと「感情」が生まれる瞬間の美しさを見せてくれている。
体験と感覚の直接的な関係と、感情の生まれる仕組みを教えてくれている。

なんて贅沢な教材だろう。
ひと1人の人生そのまんまお借りして、ヨガ哲学の真実を紐解いている。

そんな夏の日。

Breathing Art.

Lata Tomoko Tanabe

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