自分の性質を知ること

夏の終わり、普通の冷やし中華が食べたいと思って作ったら
豆腐の味噌漬けと野菜、胡桃とオーロヴィルのオーガニック発酵蜂蜜ソース和えになって
やっぱり普通じゃありませんでした。
美味しいけれど。
本題です。

ヴァータの人が近くにいると、自分の中のヴァータが刺激されて引っ張られそうになりませんか?

カパやピッタの人って、自分の資質に自覚がある人が多いけれど
ヴァータの人って、そもそも自分がヴァータ高いと自覚していない人が多いから影響がすごい。

現代という時代がそもそもヴァータぎみだから、自覚しづらいのかなぁ。
なんて思いました。

性質を自覚するって結構大切な第一歩ですね。
自覚すると必要な行動って変わって来るだろうから、
明日という1日が変わっちゃう。
明日が変わったら、10年後も変わっちゃうものね。

そういうことのために人は知恵を身につけるのだと思うけれど。
自分自身に活用するのって、ヴァータ優勢の人にはなかなか難しいのかも!と閃いたのです。
これってなかなかおもしろい発見かも!
私が自分を分析するのが好きなだけかもしれません。笑

近道を行くということだけが正解ではない、ということでしょうか。
Yoga(調和)の道に行くも行かぬもそれぞれの選択なのだなぁとしみじみします。
それでもゆくゆくは調和の方へ向かって行くのだろうし。

いろいろな選択があるんだなぁ。本当にいろいろ。


個人のもともとの性質っておもしろいなぁ、と
クラスの子どもたちを見ていると思います。
同じことをやっても、受け取ることや発信すること(動きとして出すこと)が全く違う。


シュタイナーの性質のお話と、アーユルヴェーダの性質のお話の類似点について見て行くこともおもしろいです。

私は昔からこの性質を湿度みたいなので感じていたのですが、
シュタイナーの性質に対する分析を見てから、もっと人肌に近い感じで感じるようになりました。
シュタイナーって人間的でいいですね。社会的で。男性的で。
いろんな角度から子どもたちを観る虹色のモノサシになる。

性質を知るっていうことは、子育てでも自分育てでも、教室でも
まず最初に必要なことですね。


「舞踊の指導」ってお仕事をするようになって14年くらい経って、
やっといろいろなことが見えてきました。
やっぱり10年くらい続けておんなじ人を見届けないと、
人がどういう指導で、どうなって行くかなんてわからない。

だからどうやったらいいかなんてわからない。

その時技術的に上手になっても、20歳になって、自分の才能を発揮して
楽しく暮らせていなければ、誰かが誰かを指導する意味がない。

そんなことを思うと、指導するってお仕事が、実はずっと重荷で怖かったのです。

もともとは性質バラバラな子どもたちも、画一的な指導を徹底すると、
本当に15年くらい立った時にみんなだいたい同じ方向を見て、
同じくらいの目標を持つようになる。

おそらくオトナが求めたように。

いろんな子どもたちを見てきて、自分自身が舞踊という道で様々な師の教えを頂いてきて
そんな人の一生を左右するようなこと、私にはまだ早いとずっと思ってきました。
だからダンスの教えの仕事にはすごく懐疑的だった。
ダンスってそもそも教えるべきなのか?とか。

最近、やっとそれが取れた。
舞踊を教えるって(特に基本)全てに通じるすごく有意義なことだ。
できるきがしてきた。(いまさら!)

身体を動かすこと、できること、できないこと、得意なこと、苦手なことを発見して
自分を知って行く。
苦手に出会った時の心の対処法を学んで行く。
得意を伸ばして行く体験をする。
自分で自分を育てるやり方を学んでいくことで、
いろんなことのスペシャリストになって行く。
つまり自分に向いていること、なんでもできるようになって行く。

たぶんどんな道もこういうことに通じるのだろうけれど。

ひときわ自由度の高い舞踊ならではの広がり方がある。

舞踊というひとつのツールを通じて、
それぞれの個性に必要なことを伝えていく工夫をもっとしていきたいな。

その子その子で違う、伸ばせる資質をどんどん伸ばしていくお手伝いをしたい。

舞踊って、本当に総合的で万能な道。

今日は養護教諭として働いている保護者の方が
「同じ授業であっても、それぞれ目標が違っていていい。」
というやり方で授業をしているというお話をしてくれました。

保護者の方がそうやって、自分の中で大切にしていることを私にシェアしてくれたのもとても嬉しかったですが、その言葉が今日はすごくしっくり来ました。

神様が答えをくれたきがした。

ダンスは授業じゃないから、ますます人と違っていい。
人と比べずに、自分の目標の中でやれればいい。
どうせやるなら楽しく、一生懸命やれればいい。

学校の中で、皆と同じ条件で頑張ることが当たり前の中で育つと
どうしても人と比べて頑張っちゃう癖がつく。

その癖は競争が必要なくなった時に、いらないと氣がついたら意識すれば外せるけれど、
私はそれがすごく大変で時間がかかったなぁ。
それを外してから、やっと自分本来の力をのびのび発揮できるようになった。

舞踊は人と比べないで頑張る。
自分の中の、楽しい、素敵、を見つけて作り出してく。
「道」なんだ。

前回の公演以降、子どもたちが自分の中の思いを伝えてくれるようになって来て
また関わり方が変わって来ました。

一緒に舞台に立つって、一緒に踊るって
いっきに近くなれるんだなって。

思いもよらない相乗効果があり、喜んでいます。

舞踊の神様、本当にどうもありがとう。

舞踊と一緒で私は今日も幸せです。

0コメント

  • 1000 / 1000