草木染めヨガマットの旅



朝の4時。
シャクティ一家が迎えに来てくれて、レンタカーで出発。
シャクティと奥さん、7歳の娘さんスティーブ。私と雅人くんと蓮。運転手さんの7人乗り。
真っ暗な中、出発。

南インドがそうなのか、時がそうさせたのか、
私が初めてヨガを学びために北インドに来た15年前とは考えられないほど道が平ら。
車線などもちゃんとあって、荷物を運んでいる象もいなくて、
牛もいなくて、道が陥没していない。
野原でウンチしている人もいない。

びっくりしながら、ただただ順調に進む。
途中、大きな街を挟みながら、田んぼや綿の畑が続く。
インドで米を育てているところを見たことが無いので稲の姿にちょっと感動。
ひょっとしたら小麦かもしれないけれど、田んぼだと信じて感動してみる。

大きな岩山が続く草原があったり、
農家さんの家がポツンと立っている一面の畑があったり、
南国らしい木が生える森のようなものがあったり
ゴミゴミとした街があったり、
広大な土地はその景色を変え続ける。


途中、8時過ぎくらいに朝ごはん休憩をとり、高速出口のレストランでイドゥリーを食べる。

南インドのベーシックな朝食。
米粉を発酵させた蒸しパンに、
豆のカレーやココナッツペーストのようなものをつけて手で食べる。
世界一健康な朝食として何かで取り上げられたそうで、
インド人の友人が大層得意げにイドゥリーを紹介してくれたのが去年。

それから朝ごはんはなるべくイドゥリー。
特に朝からお腹ぺこぺこな2歳児にはもってこいの朝食。

とにかく高速道路沿いでやたらと高いイドゥリーを食べて、さらに2時間進む。
着いたのは大草原。ときどき家がちらちら見えるけれど、ほとんどが草原。もしくは畑。
地平線がずーっと見える。


インドらしいヒンドゥのお寺の前で車を降りると、そこにあったのは水色の村。


牛の糞やセメントで作られていて、壁や床がみんな水色。

私達は村長というか、織り物マスターの家に招待され、歓迎を受ける。

近所中から若い女の子達が集まってきて大騒ぎ。

外国人が来るのが初めてで、そもそも皆、外国人を見るのが初めてだそうで、
写真を撮ってー!と大騒ぎ。
みんな人懐っこく、代わる代わる蓮を抱っこし、村のあちこちを周り説明してくれる。

現在30人ほどの職人が稼働しているこの村も、
かつては100台の機織り機がフルで稼働するほど仕事があったそう。

機械化が進み、職人の仕事は少なくなり、男達は会社勤めに行くようになった。
現在男性の職人は70代の男性が2人のみ。
この2人がこの村でマスターと呼ばれる本物の職人で、細い糸を使った布を織っている。

女性達はサイドワーク的な形で端切れを使った少し簡単な「布織り」のようなものをしている。

インドではよくキッチンマットや足拭きマットとしてすごく安く売られているヤツだ。
小さいものは100円くらいで売られている。

話を聞いていくと、シャクティはこの村に仕事を作ろうとすごく熱心に動いていたのが伺えた。

この2人のおじさん達が死んでしまったら、織物の村は途絶えてしまう。

2人ともすごく元氣で「あと20年は織り続けられる!」と笑っていたけれど、
継ぐ人がいなければいづれ途絶えてしまう。仕事が無ければ、続ける人は絶対にいない。

布のヨガマットもシャクティのアイディアで、この村にオーダーをし、
ポンディシェリーの街で売っていたようだ。村長の家にはヨガマットの山があった。

いろんなお話を聞き、村を見て周り、
最後に連れていかれたところが2名の男性のうちの1人、マスターが織っているという家だった。

行ってみて衝撃を受ける。
すごくいい顔のキラキラしたおじさんが白い褌一丁で、機織りをしている。



70過ぎだというおじさん。白い髪の毛がくるくるカールして、
脚が細くて、容赦なくタミル語で話しかけてくるパワフルなおじさん。
上半身裸だと思ったら、褌一丁のおじさん!

そのユニーク、個性的過ぎるイデタチについつい笑ってしまっていたら
なんと、このおじさんが私達のヨガマットを織っていたと聞かされる。

なんと!!!

可憐な乙女が織っていると思い込んでいたけれど、スーパーおじいちゃんが織ってた!

思い込みの力ってのはすごい。

私の中で織り物と言えば、「鶴の恩返し」だったから
まさかインドでおじいちゃんが褌一丁で織ってるとは思わなかった。笑

おじいちゃんのなんとも言えない安定感。

この道40年以上。ずーっと織り続けてるおじいちゃん。

感情とかそういうレベルを超えちゃってるおじいちゃん。

私も少し機織り体験をさせてもらったけれど、
おじいちゃんには言葉が通じないという概念が無く終始タミル語で教えてくれる。

タミル語なんて全然わからないはずなんだけれど、
なぜかなんと言っているかわかるから不思議。

「なるほど!」とか言いながらなんとか織って見たけれど、
やっぱり私の織った部分は端が緩くて下手っぴ。

ごめんねー、って謝ったら怒ることもなく
「問題ないー!」って感じで笑って流してくれた。
流石です。


その後、村長の家でご飯をご馳走になる。

なんとバナナのカレーとサンバル(豆のスープ)ご飯を
バナナリーフの上で食べるという典型的な南インドの食事。
これがとても美味しかった。

バナナのカレーはそんなに辛くもなく、蓮もちょっと食べられるくらい。

隙間時間に小学校に行って、子供たちと交流。

成り行きで子どもたちにダンス授業。
輪になって踊り、ヘトヘトになる。

村の皆にお別れをし、村長と共に車で街へ繰り出す。

次に訪れたのは糸を染める工場。

大家族で先祖代々染めをやっている工場長と合流。

従兄弟とか合わせて4世帯くらいが一緒に暮らして仕事をしている。
スーパー明るい家族に面食らいつつ、隅々まで見せてもらう。

今は科学染料での染めをやっているけれど、昔はきっと自然染めもやっていたのだろう。
コンクリートの小さなプールに染料を入れ、糸を染めるという素朴なやり方で、
完全に手作業で糸を染めている。

これからこのヨガマットプロジェクトを進めるにあたり、
この人達と共に糸を染めるところからやることもできるよということで、
村長から紹介されたらしい。

皆、私達の草木染めヨガマットプロジェクトを継続的なものにして、
織りの文化を守って行くためにいろいろ動いてくれているのが伝わってくる。

なんだかちょっとプレッシャー。(もちろんいい意味で。)
愛も感じる。

外国人に大興奮した家族達はセルフィーのラッシュ。
何度も何度も何度も何度も写真を撮ってとせがまれ、それだけで30分くらい。

蓮のこともどこかに連れてっちゃって、順番に写真を撮られ
しまいには私たちも蓮を忘れて車に乗り込む始末。

慌てて蓮を連れ戻し、今度は工場長のおじいちゃんも車に乗り込み移動。
きづけば9人乗り。

着いたのは、街に中の小さなお家。

壁に布を貼って大きな絵を描いている人がいる。
部屋の床にもペンキでいくつかの曼荼羅が描いてある。

南インドの家はどこもそうだけれど、どことなくアーティスティック。

奥の部屋に通してもらうと、たくさんの織物が積んである。
どうやらここは問屋さんのようなことをしているお家らしい。

工場長が過去に作ったという自分達の商品を引っ張り出して見せてくれた。

その中に草木染めのラグマットが。

ラグは大きいのでまだハードルが高くできていないけれど、
ヨガをしない人にも草木染めの心地よさを体験してもらうためにいつかはつくりたいもの!

端の始末が悪いということで買い取ってもらえなかったというラグを、
破格の値段で買い取らせてもらうことに。

(しばらく家で使ってみて、使い心地、サイズなどを検討してみようと思います。)
この辺も乞うご期待。


ということで、朝の4時に出発した旅もすっかり夕方。、
泊まることも考えたけれど、シャクティ家族もそんなにお金がないだろうし
できたら帰りたいとのことだったので、節約のためにトンボ帰り。

すっかり疲れて蓮も眠る中、車はビュンビュン進み、夜の23時半頃に無事帰宅。

1週間分くらいがギュギュッっと一日に圧縮した
なかなかにハードな旅でしたが、本当に必要な出会いが凝縮した旅でした。

一人旅の時もインド人と家族ぐるみのお付き合いをすることが多かったけれど、
やはり女だということでひとつ線を引いていたせいもあり(ダンス旅をしていたせいもあるだろうけれど)ビジネスの話がここまで進むことはあまり無かった。

家族旅になり、「夫」「子ども」が一緒にいることで、
なんだかお互いに安心して家族同士でお付き合いが進み、話の進み方が早くなったように思う。

家族での旅は、1人での旅よりまた一つ深い大きなところを見せてくれています。

一回のつもりで始めた草木染めヨガマットプロジェクトだけれど
思った以上にいろんな人が関わってくれていて、動いてくれていて
いろんな人の想いがここに乗っているのだなと感じています。

そして、これを継続的なプロジェクトにしていく必要を感じています。
そういう流れに乗せられている感じ。

ヨガマットを作るところから、村の子どもたちとダンス作りまで。

実は10年前にやりたかったことのひとつ。

「布を扱う村を作って、そこの子どもたちにダンスや音楽を通した教育をプレゼントしたい」

無理と思っていたけれど、ひょっとしたらいつか実現するかも。

思い描いたことは最適なタイミングで、ふと現実に現れてくるもの。


愛すべき織り物ファミリー!

0コメント

  • 1000 / 1000