調整すること。

昨日のブログでもお伝えした通、

昨日は親子遊びのワークショップをファシリテートしてきました。

そしてその後、地元の美味しいイタリアンレストランでお食事をしてきました。


普段、結構山にこもって、近所のおじいさんたちとしか接触せず、

畑の野菜たちや、庭の木、猫としか触れ合わずに

粗食を食べながら暮らしている私たちからしたら

全然違う生活を営んでいる人たち、食生活も価値観も全然違う人たちと触れ合い

自分たちの暮らしの知恵をシェアするということは

生活の中でだいぶ大きな振れ幅だったのです。

(こういうのが面倒で外でのお仕事は極力断ってきたのです。)



なんとなく心がざわざわとしていて

ご馳走のおかげで内臓も疲れている。


朝起きても、まだ胃が昨日のご馳走を消化した疲れを引きずってキュッとなってる。

それでも私は今、毎日朝のヨガクラスをやっていて

皆さんにクラスを提供しなければならない。

なんだかちょっとだるいなぁ。

面倒だなぁ。と思う自分がいました。


ちょっと 心が乱れているとやけになって、諦めて放棄してしまうところが昔からあったんです。20代の頃は特に、エネルギーが乱れていることに幻滅して過食に走ったり、自暴自棄になるくせがあったんですね。


ちょっとした乱れから、ちょっとした努力でうまく立て直すことができなくて

極端なことばかりやってた気がします。


今も程度の差はあれ、そんな性質はあって

ずっとやり続けていると良いんだけどちょっと乱れると、

「プラクティスできない自分でも良いじゃなーい」と

放棄して諦めそうになる自分がいます。


ヨガを教えているから完璧な人間だってわけではないんです。


むしろまだヨガが完成していないからこそ、この道を選んでいるところが大きいのです。

そんなことで、こんな状態でちゃんと「ヨガ」をお届けできるんだろうか。

不安を感じました。


結果から言うと、できました。

毎朝の習慣になっているこのクラスで、

私自身のチューニングが整って文字通りリセットできました。


そして今自分の心がざわついてブレているからこそ、

ブレているところから整えるチューニングクラスをお届けすることができました。


終わった後には本当にやってよかった、この時間があってよかった

動揺して、エネルギーが乱れても、ここまで持ち直せるんだと自信がつきました。


最近、自分の中でブレがなくて、家族の中にもブレがないのは

毎朝のこのチューニングの時間が役に立っているんだなぁと改めて感謝しました。


チューニングの時間を面倒だなんて思ってごめんなさい。


「アサナなんて、プラナヤマなんて、チューニングなんて毎日やらなくても良いじゃなーい!

 私は大丈夫よ!暮らしの中でできてるわよ!」


なんてエゴが修練を放棄しようとするたびに

今日のことを思い出して、チューニングをし続けてあげようと思いました。


この時間は自分自身への愛情表現なんだから。


いつもクラスの最後に唱えている私のオリジナルのマントラ。




「生きとし生ける全てのものが私のうちなる調和と喜びを享受しますように。


 今日のこのプラクティスをこの宇宙に捧げます。」



私は私のために練習をしているようで、

未熟な私と向き合い調整することでこの宇宙のお掃除をしている。


自分のゴミは自分で片付ける。

それを毎朝やっているだけ。


苦手だったお掃除が上手になってきたことに自信がつきました。

だから今日サボっちゃったあなたも自分を信じてあげてください。


いつか必ず、やりたいと思ったことを思い通りに

ちゃんとできる自分になれるって。


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